女声の出し方に関する諸考察

独断と偏見(この予防線好き)で語ります。

用語の定義や前提など

  • 女声:「じょせい」ではなく「おんなごえ」。男性が女性的な音色で発声する事を指す。
  • 両声類:「りょうせいるい」。持って生まれた性からみて異性の声を扱える人を指す。広く使われるようになったのはニコニコ動画の初期。
  • メラニー法:女声を作るための方法論の一つ。名前は著者に由来する。原文は理論より感性的な言い回しも多く、現在では古典的な物として捉える向きも強い。
  • アプローチ、法:女声を作るための手法を説明する時に名付けられた方法の接尾語。裏声ー、地声ー等。
  • メス落ち:意識が「向こう側」に引っ張られ、会話中につい女声を使ってしまう、女装/性転換に至る等、日常生活に影響を及ぼす事。
  • 斎藤さん:利用者同士で無作為に通話が始まるスマホアプリ。匿名性が高いため男女での性的な通話(ビデオ機能も任意で有効化できる)を求めるアナーキーな世界だが、女声の練習として「バレない」事を目標として実践的な練習として使う練習者も。2011年リリース。
  • バ美肉:バーチャル美少女受肉。男性が女性系のアバターを身にまとう現象を説明する上で主に用いられる。
なお、この用語の殆どは本文中に登場しません。

ネット文化での「女声」「両声類」

この図の詳解に関しては以前の記事を参照。
こんな歴史で「女声」に対して狂気的な取り組みが行われている、という前提がある。

何が「女声」たらしめるのか

この辺は音響学として、人工音声等の産業向けの研究分野や、ジェンダーを区別する特徴として研究されるケースでもあるため、よく論文で書かれる
音の生成に関する研究は主に「声門」と「声道~唇」の2つに独立した生成過程を経るという「ソース・フィルタモデル(Wikipedia)」が前提とされる研究が多いが、音色としての音声、つまりサンプリングされた音声について述べる場合は波形を解析的に見る時に、フォルマント(音の特徴を決める周波数領域)や、時系列の波形の動きを含めた三次元的なモデルで音声を解析する例もある。
例えば音叉のような金物は440Hzが綺麗に出て、時系列で周波数ごとの音量が安定しているが、ガラガラ声はフォルマントの音量に対して他の周波数(ノイズ)が混ざり、時系列で見るとそのノイズが色々な周波数において現れる、といった概念で、そこで女性の周波数特性と男性のそれを比較すれば、あるいは、「少女と大人の女性はどう違うか」「女性声優の演技中の周波数の特性は」という様に波形を比較して分析することで声に対する理解を試みる。転じて、男性の声でも女性のようにフォルマントが変わったりイコライジングで調整してあげればそうなるよね、となる。
この理論を応用したのが恋声だったりバ美声だったりとか、そういう音声変換ソフトだったりする(ブリザードチャレンジ・音声変換チャレンジなるワークショップが長く続いている)。つまり、生声に対しても「男性らしさ」を消して「女性らしさ/可愛らしさ」が際立つように頑張って喉を使えば萌え声出るよねっていうのが基本的な考え方となる。

実際は女性の中でも可愛く聞こえる声とそうでない声があり、また、同じ喉を使っても感情の「乗る・乗らない」という要素で聞こえ方は変わり、感性的な所で可愛い声って何ぞや?という官能試験的なデータをとる研究はあまり見ない(普遍的な感性は無い事と、モデル化された式では説明できない要素も多いから……?)

音声の3次元モデルを喉の筋肉の動きと(雑でも良いので)対応してパラメータ化する事が出来るのであれば、ソース(自分の声)とアウトプット(理想とする声の音源、声優の母音出しっぱなし音源とか(?))からボイストレーニングを行うシステムが登場してもおかしくない。その実装が困難なのだから、理論も意識しつつ感性的な所で訓練する必要がある。
※そもそも人間の声帯周りの筋肉は複雑すぎて1つ1つ任意に動かすのが困難、という時点で前提が崩壊している

そこで「女性らしい可愛い声」として、声帯が同期的に振動し、第2~第4(5)フォルマントがしっかりと出て、なおかつ男性固有の第1フォルマント以下の低音の出方を抑制した声を目指す声とここでは決める。

女声の出し方

「理論・感性・ボイトレをバランス良く鍛えることが大事」という前提のもと、色々な人の経験知を集めて自分なりの方法を編み出してゆくのが良い。
  • 理論:喉を楽器のように考えて、喉の筋肉に対する力の入れ方で周波数特性を調整して声を変えてゆく
  • 感性:お手本の声を聴き込んで再現し、その自分の声をしっかり聴いて、を繰り返して自分の納得する声に近付ける。耳を鍛える、想像力を養う、美少女になりきる(役にハマる)といった考え
  • ボイトレ:筋肉は全てを解決する

元から「出来ちゃう人」と、色々頑張ってどうにかなる人

生まれ持っての体なので声には個人差があり、誰かが「こうすればこうなる」と言っても自分にそれが当てはまるとは限らない。
そして何より、であるが故に訓練しても身体的特徴による個性は強く出るため個性的な声(という表現に留めておく)にしかならないことも事実ではあるので、自分の生まれ持った声質を生かしてあげることも大切となる。

以下は私の経験をもとにした鍛え方を参考までに紹介する。
諸説あることを断定した言い方で説明するので注意。

ベースとなる声の作り方

女声はミックスボイスの裏声寄り(より仮声帯の音が強調された音)が近いという仮説を立てる。
地声/ミックスボイス(ミドルボイス)/裏声をそれぞれ、「声帯を使った声」「声帯と仮声帯を使った裏声」「声帯を開ききった声」で対応させて考える。
ソース・フィルタモデル的に考えれば、「ソース」にあたる箇所でまず女性らしい音色を作る。
声門まわりの筋肉を鍛える発声練習としては一般のボイトレとしてのミックスボイスの練習等から、それぞれ3つの声区を自由に扱えるようにする。
声区(Wikipedia)に関しては様々な考え方があるが、声帯を使った発声/仮声帯を使った発声に関して上図のようなイメージで考える。
仮声帯での発声は通常の文脈の上では異常発声の原因として語られるが、ミックスボイスや「芯のある裏声」といったものの本質は仮声帯の振動にあることや、声帯ー仮声帯のバランスや綺麗な振動を行える事がソースの音質を決めるため、これらを器用に発声する練習が必要になる。

声門破裂音を声帯発声/仮声帯発声でそれぞれ鳴らせる(仮声帯発声のポジションで声帯を閉じる)ようにする訓練や、仮声帯でエッジボイスを出したり、声区融合と呼ばれる声帯/仮声帯のバランスを切り替えながら綺麗に鳴らす訓練が適している。
普通じゃない声(Supranormal-Voice)の多くは仮声帯を使うので、感覚的な理解を得ることや、声帯周りの筋肉の使い方を覚えるためにYouTube上で見られる様々な人の発声講座を見るのも役立つかもしれない?

特に、仮声帯発声(強い/前に出る裏声と表現される)は普段使わない喉の使い方をするので余計な力が掛かりやすく、声帯と仮声帯の振動が同期せずに「かすれ」「無声音化」になってしまう。
これは音響学の文脈で言う「インピーダンス」が声帯と仮声帯それぞれで不整合を起こしていると考えられ、これがマッチするとより大きく、響きの良い声が得られる。
仮声帯発声の練習のコツとしては可能な限り低い音程(周波数が低くなればなるほどインピーダンスのディスマッチが起こりやすい為)で、「小さめの音量でロングトーン5秒+声門破裂音3回+短い発声3回のローテーション」とかが難易度高めで練習になりそう。母音や音程はその時の気分で。かすれたり上手く出せない時は声門破裂音も出せない(声帯を閉じれない)のがわかるはず。

「仮声帯を使う」という表現が論文でもあまり見られない表現なので解釈が曖昧ではあるのだが、仮声帯自体が音源の形成をするわけではなく(声帯も閉鎖する)、仮声帯まわりの動きによって声帯を音源とした波を調整する、位のニュアンスの理解が良い。このあたりの生理学的な解明がなされないがゆえにこの現象を説明できず、みんな迷走したりモニョっているんじゃないかって気もする。

フォルマントや響き方の調整

「あ」を発しながら口を手で塞ぐと「う/お」のような音になるように、母音を含めて音の響き方は声帯より先で制御できる。
つまり、ソース・フィルタモデルとしての「フィルタ」にあたり、フォルマントの調整も声帯より上の口の中の響きによって行うことが出来る。
筋肉の制御は感覚的なものになるので、とにかく色んな口腔内の筋肉の動かし方を試しながら、低い声の響きを抑えて、より聴いて気持ちの良い発声になるように訓練を行う。
これは日常生活で使わない筋肉を呼び起こす筋トレでもあるので、痰が絡んだり、喉に疲労を感じやすいため練習時間は短く、断続的に行う方が良い。
また、音色の響きは自分の発声(と認識する自身の骨導音声+部屋を反響して耳に入ってくる気導音声の合成音)と他人から見た聞こえ方(マイクの集音)は大きく違うため、練習の際はモニタリングできる高品質なマイクとトライアンドエラーを繰り返しやすい録音環境(Audacity等)が有るとなお良い。

声の「緊張感」は喉の筋肉の余計な張りと直接的に関わってくる(仮説)ので、声色を作る時はよりアコースティックに響くよう意識する(ボイトレ上の文脈では軟口蓋/硬口蓋/鼻腔共鳴で語られる)ことが「良い声」の評価にも左右すると考えられる。

柔軟性を鍛える

ソースとフィルタをそれぞれ分けて鍛えたら、それぞれを意識的にコントロールして様々な声色を作る練習をする。
  • ピカ●ュウ(親の声より聴いた声)
  • ミンミンゼミ(「イ」の発声はフォルマントが高く出やすいという説がある)
  • 特徴的な声色を使う芸能人(あの人が出来るなら自分でも出来る)
  • 鳥のさえずり、環境音(特徴を捉え、再現する)
  • ヒューマンビートボックス
等、声真似(=音響模倣/直接的模倣)という形で耳にした音色を自分の口から出すための筋肉を鍛えて、望む声を得る訓練を行う。
最終的な所では女声は「理想の女性の声真似」になるので、実は一番実践的な所だと思う。

滑舌を鍛える/美しい発声を得る

令和になると無料で元ナレーターの解説する動画コンテンツがゴロゴロ転がっているので好きになった人のコンテンツを見るのが良い。一生を掛けて自分の声と向き合った人の情報は質が違う。
私の推しは五戸美樹さんです。オンラインサロン入って応援してます

あるいは、「話し方」にフォーカスしたボイストレーニング教室も巷に存在するので、通うのも手段かもしれない。

声色/感情をコントロールする

普段から感情的に喋る人間になるのが良いかもしれない(副作用に注意)。
社交的な生活を送る事も、自分の声を鍛える点では非常に重要

耳を鍛える

人間が、特に成人の人間が言葉を覚える上では「音声模倣」と呼ばれる言語的情報(50音とイントネーション)のみを脳が処理するため、音響的な声の響きを脳が理解するという事が実は特殊技能のようなものだったりする。歌を聴いても音痴の人は音程を取れなかったり、日本人が英語を聴いてマネしてもカタカナ英語になってしまったりするのはこのため。
ゆえに、声に関する非言語的情報に関して感性を鍛えることも人によっては重要になる。

文脈/動機上は「音痴改善トレーニング」とほぼ同じなので、情報はそれらのワードで検索した方が多くを得られると思うが、声のトレーニングという点で有用だと思えるのは以下の通り。
  • イヤホン・ヘッドホン・スピーカーを買う
    • インプットを研ぎ澄ます。より原音に近い高品質な音源を聴いて音を理解する。
  • テレビや動画で耳にする声の非言語的情報に注意する
    • 会話なら鼻濁音の使い方、息の抜き方、声区(声域)。歌なら調、発声法。どのような因果でこのような音が出ているか?
  • 官能評価を行う
    • この声は透き通っている、力強い、気持ち良い、等の定量的な指標で聴いた声を評価する。批評家になる。
  • よりよいものを沢山聴く
    • 料理人になるためにはより良い料理を食べ続ける必要がある。
    • ただし、表現力を磨くという上でより好みしてインプットはしない。嫌いなものでも広く評価されているものに対しては、その世界観や「広く受け入れられている理由」を理解するためのトライが必要。

参考にしました

体系的な理解を得るために色々な書籍/論文を読み、互いに矛盾しない解釈でまとめたつもりですが、追試もしてないし自分で出典を追う行為もしていないので、以下に思い出せる限りで参考にした資料を記載します。 音響サイエンスシリーズは発声の仕組みから聞こえ方まで、音響学の観点から感性的な所(音に対する人間の受け取り方、官能試験的な実践もある)までブレない解説があるので、体系的な理解としてはかなり使える。

その他論文的なやつ。論文の主旨と違う「声区・声の特徴量・仮声帯」に関する示唆的なものがある記事をピックアップしただけなので間違った紹介になっていたらすみません。
  • 情報の分離と音響モデリング ~人間らしい音響モデリング~ 峯松 信明 (東大情理)
    https://www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/~mine/paper/PDF/2011/ASJ_1-13-4_p1731-1734_t2011-3.pdf
    • 音声模倣と音響模倣の違い(幼児の言葉の覚え方は音響模倣ではない)、転じて音響的な変化だけが「声を変える」手段とはならない。話す・歌う上では非音響的な要素に注視する必要もある
    • 人以外の霊長類/鳥/クジラ等は極端な絶対音感を有している(雑学)
  • 声道模型 – Arai Laboratory
    https://splab.net/vocal_tract_model/ja/
    • 発声のメカニズムに関する声道模型を用いた導入。音源フィルタ理論=ソースフィルタモデル
    • 同研究室の音響音声学デモンストレーションページでは論文に登場する理論や現象について詳説されているので直接ボイトレに関わってはこないのですが資料読みの所でかなり役立つ
  • 女性の声を例にした音響的特徴量と印象評価の関係性の調査
    https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_action_common_download&item_id=102929&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1
    • 「良い声」に関するサマリー。f0, f1の差が少なくf2以降は直線回帰残差(f3以降で周波数の回帰式を引いた時と実際の値の差)が少なく、フォルマントの数も多い?
  • モンゴルの伝統的歌唱法「ホーミー」についての聞き取り調査と知覚実験 山田真司
    https://www.osaka-geidai.ac.jp/assets/files/id/830
    • 声帯ー仮声帯発声などと呼ばれるホーミーについての生理学的な示唆のうち、仮声帯の発声に寄与するメカニズムに関して述べられている
  • 世界の歌唱法~様々な歌唱様式におけるsupranormalな声~ 榊原健一
    • supranormal(=普通じゃないけど病的じゃない)な喉の使い方に関する話。声区の話から世界中の歌唱法に関して、喉を楽器として捉えた時にどのような作用で声が出ているか
    • 地声の音程(f0)は甲状披裂筋内側部が、裏声の音程(f0)は輪状甲状筋が支配的に作用するという記述あり